エシカルブログ
『届け!日本に逃れてきた難民の声 Vol.2』
今日6月20日は【世界難民の日】。
日本に逃れてきた難民の人たちのリアルな声をお届けする、インタビュー第2弾です。
さっそくご覧下さい!
Q. なぜ、避難先に日本を選んだのですか?
A. 僕はもともと、中国の大学に留学していました。
留学して10ヶ月ほど経ったころ、
突然、父が亡くなったという知らせが届いたんです。
父は政治的な活動に参加していた人で、母や姉とも連絡がとれなくなりました。
なぜ亡くなったのか、なぜ家族と連絡がとれないのか、その理由は分かりません。
中国での学生ビザは切れてしまうし、
母国に帰るのは危険だと判断して、日本に逃れることを決めたんです。
Q. 今も家族とは連絡がとれていませんか?
A. はい、とれていません。とても心配で不安です。
Q. 中国で難民申請することは考えなかったんですか?
A. 子供の頃から、日本に行ってみたいと思っていたので、
日本で難民申請をすることに決めました。
日本の映画や漫画が人気で、僕は特にドラゴンボールが大好きでした。
今も、週末は友達の家に遊びに行って、
プレステでドラゴンボールのゲームをやっています。
Q. 日本のものが人気とは嬉しいですね!
A. ポケモン、マリオ、ナルトも人気がありますよ!
Q. では、最初に日本に到着した後、どう過ごしていましたか?
A. 成田空港に着いた後、まず東京に出るのが大変でした。
東京駅までバスで行って、泊まるところがなかったので、駅の外で二日過ごしました。
そこであるアフリカ人に出会って、彼が家に連れて行ってくれて、
食事と寝る場所を提供してくれました。
そして、日本難民支援協会(JAR)を紹介してくれたんです。
Q. では、難民申請の手続きはJARのスタッフが手伝ってくれたんですか?
A. はい、そうです。JARは難民申請だけではなく、
国の支援・RHQの申請も手伝ってくれました。
でも僕が中国にいたので、最初はRHQから支援を断られました。
それでもJARのスタッフが頑張ってくれて、
再申請して支援金を受け取れるようになったんです。
Q. 支援を受けられて本当によかったです。
今の生活はどうしていますか?
A. 今は仕事が見つかったので、自分の力で生活できるようになりました。
でも会社が遠いので、毎日とても忙しいです。
日本人は、本当に休みなく働きますね。
僕の国の人も仕事は好きですが、しっかり休みもとるので、
そこは慣れるのが大変だなと思っています。
Q. そうですね、日本人は働きすぎだとよく言われます。
では、難民申請をしてから、どれぐらい経ちましたか?
A. 1年半経ちましたが、まだ面接も受けていません。
僕の申請がどうなっているのか、見当もつかないんです。
Q. 進捗状況が分からないのは不安ですよね。
正直なところ、日本の難民手続きに不満はありますか?
A. JARのスタッフから、日本の難民認定率はとても低いと聞きました。
結果が出るまでも長い時間がかかるそうなので、僕たちからすると不安なことが多いです。
友達は、もう5年も待っているそうです。
Q. 中には、10年以上待っている人もいるそうです。
では最後に、今一番望むことはなんですか?
A. 日本にできるだけ長くいたい、それだけです。
故郷には、もう家族も家もないかもしれないので。
日本の難民認定率が低いからと言って、日本に来たことは少しも後悔していません。
安全で住みやすいし、日本人は優しくて礼儀正しい。
今は、日本が第二の故郷だと思っています。
Bさんは笑顔がとてもチャーミングで、ちょっぴりシャイで穏やかな方です。
父親を亡くして家族の安否も分からない中、見知らぬ日本にやってきて、どれだけ辛い思いをしてきたか…。それでも、そんな過去を背負っていることを、微塵も感じさせない穏やかさに溢れていました。
日本では、まだまだ難民について広く知られていません。悲惨な過去を抱えて、日本でひたむきに生きている人たちがいることを、どうか忘れないで下さい。
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